2010年代邦楽フェイバリットアルバム50【5~1位】

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5.AIKATSU☆STARS『Joyful Dance』(2015)

Joyful Dance

Joyful Dance

 

アイカツ!」は人生観もフィクションの楽しみ方もずいぶん変えられた自分にとってすごく大事な作品なのですが、音楽だけ切り取っても(本当にそんなことが可能なのか?はさておき)見るべきところが多いのです。

本作はアニメ第3期最初のアルバムで、第2期のスケールの大きさからはうってかわって和やかな空気で群像劇を描いた第3期にふさわしく、渋谷系的なレトロさと懐かしさがあふれています。Negiccoの音楽プロデューサー・connieが手掛けたもろにPizzicato Fiveな「Pretty Pretty」、2010年代のアニソン界で小さなブームであったロジャニコ風ポップスの中でも名曲と言える「恋するみたいなキャラメリゼ」、クラムボンのミトが提供した80年代ユーミンを思わせるシンセポップ「Poppin’ Bubbles」などすべてが佳曲なのですが、ここではあえてMONACA帆足圭吾作曲の「ハローニューワールド」を取り上げましょう。

 「ハローニューワールド」はトランペットのよく目立つビッグバンド調の曲です。普通にサビまでの流れも美しいのですが(MONACAの若い世代の特徴としてよく語られるaugの響きがよく出てきます)、特筆すべきは2サビ後の流れでしょう。

1サビの後のようにギターがソロを弾くのではなく、シンプルなストロークでコードを鳴らします。このときの半音ずつ下降していくような進行(ビートルズの「Lucy in the Sky with Diamonds」や「Dear Prudence」のコード進行をずらした形)といい、ゆるく歪んだギターの音といい、くるりの「ハローグッバイ」を思わせます。盛り上がるのではなく、ゆっくりと沈んでいきながら何かを待っているようなイメージ。

そこからまた展開し、トランペットのソロへと突入するのですが、先述の「待ち」の部分がこの間奏部をより泣かせるものにしています。さておき、このような2000年代J-Pop、J-Rockのエッセンスを自然に吸収しているところが、MONACAの若い世代が自分にとってぐっとくるポイントではないかと思います。

 

 

4.andymori『ファンファーレと熱狂』(2010)

ファンファーレと熱狂

ファンファーレと熱狂

  • 発売日: 2010/02/03
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

2010年前後、ガレージっぽい荒々しいロックンロールを鳴らすバンドがたくさん出てきましたが、もうずいぶん昔のことのような気がします。andymoriは、その中で筆者が一番好きなバンドでした。

「和製リバティーンズ」と称されることが多かったandymori。確かにたくさんの共通点があり、明らかに影響を受けていたと言えるでしょう。ギターのサウンドや "恋はあせらず" ビートが多いところ、IVmを多用するちょっと悲しげなコード進行(このアルバムだと "CITY LIGHTS" の「見上げたスクランブル大画面……」のあたりなどそうですね)、高速で詰め込まれる歌詞(andymoriに関しては、RADWIMPS以降の邦ロックの流れと言えるかもしれません)などなど。

一方で筆者は、そうした特徴に同時代のUSインディーのバンドたちとの同時代性も感じます。Girls、Smith Westerns、The Pains of Being Pure At Heart、Wild Nothing……これらのバンドに共通して感じるのは、身も蓋もない言い方をすれば「いい歳した男が過剰にセンチメンタルな歌を歌っている」ということでしょうか。不景気やジェンダー観の見直し、SNSの独特な距離感をもったコミュニケーションの黎明といったいろいろな要因が重なって、そういうのがアリとされる時代だったのかもしれません。

本作の1曲目 "1984" には、「椅子取りゲームへの手続きは/まるで永遠のようなんだ」という歌詞が出てきます。おそらくは幼少時代の気持ちを表現したものですが、このセンチメンタルさ、ナイーヴさ! とはいえ、andymoriの歌詞はたとえば銀杏BOYZのような振り切れた自意識過剰さはなく、自分の心情と世界で起きている様々な問題を一足跳びに結び付けたり、何もできない自分をシニカルに俯瞰したりするような中途半端な「大人さ」があります。こういうところに、「いい歳」でありかつ「センチメンタルな男」であるところの筆者は慰められることこの上ありません。

いま、社会との不適合はマネージされるべきものとして低くみられるか、あるいはもっと複雑な別の問題になってしまうか("クレイジークレイマー" に「病名でもついたら病名でもついたら/いじめられないし/もう少しは楽なのかな」という歌詞がありましたが、まさしく病名がつけられて別の問題となってしまうような事態)でしょう。そういうセンチメンタルな歌もずいぶん減ったように思います。

 

 

3.花澤香菜Blue Avenue』(2016)

Blue Avenue

Blue Avenue

  • 発売日: 2015/04/22
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当初は、とにかくキュートな声質を買われ、極端に言えば空虚なイレモノ的になることを期待されて歌手活動を始めたのだろうと思います。SPANK HAPPYでの岩澤瞳の立ち位置というか。じっさい1stや2ndでの彼女の歌い方は、ポジティブなフレーズは楽しげに、ネガティブなフレーズは悲しげにというようなある種「優等生」的なもので、それがとろけるように甘いラブソングによく合ってもいました。

ところが、本作で彼女の歌唱は劇的な変化を遂げています。1曲目 "I ♥ New Day!" の歌入りからして、ブレスの入れ方、スタッカートのつけ方など、楽器としての歌のダイナミズムがあるのです。もちろん、かといってアイドル的であることをやめたわけではありません。ビッグバンド調の "Night and Day" 間奏前の「タ・タ・タ・ターン!」や、フュージョン・ナンバー "We Are So in Love" の2番Bメロ「新しい神話」のところなどは、いきいきとしていつつめちゃくちゃエロいです。

白眉はスウィング・アウト・シスター(!)提供の "Dream A Dream" でしょう。Bメロ(「ドラマチックな~」)のメゾスタッカートのつけ方といい、花澤さんはこの曲でSOSのボーカル、コリーン・ドリュリーの歌い方をうまくコピーし、自分の歌い方に昇華しています(楽曲提供者の歌い方をコピーするという方法は、やくしまるえつこが手掛けた先行シングル "こきゅうとす" あたりから行われています)。3年あまりの歌手活動で、花澤さんは様々な歌のメソッドを消化吸収し、「やたら曲が良い声優歌手」の領域をはみ出してしまった、という印象を自分は受けます。

 

そのような彼女のストイックさは、1stから一部の曲で自ら手掛けている歌詞にもよく表れています。2ndでは、ラブソングや少女の夢のような世界観を描いた詞が多くを占める中、"マラソン" "真夜中の秘密会議" といった彼女の詞に自立して生きようとする人間が生活の中で感じる苦みのようなものが表れていて、強い余韻を残していました。『Blue Avenue』では "プール" がその路線を推し進めた作品と言えます(余談ですが、後にいきものがかり水野良樹が提供する "春に愛されるひとに わたしはなりたい" は、そうした彼女の世界観をうまく汲み取った傑作だと思います)。

そういうわけで、花澤香菜はかわいらしいイレモノというポジションからみるみる飛び立ってしまいました。楽曲の面でも、次作以降アイドル色は後退します。現時点での最新作は、橋本絵莉子(ex.チャットモンチー)、真島昌利ザ・クロマニヨンズ)といった、彼女が敬愛するロック系のソングライターによる曲がメインとなっています。

 

 

2.Negicco『MY COLOR』(2018)

MY COLOR

MY COLOR

  • 発売日: 2018/07/10
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

3人がかわるがわるソロパートを歌い、ハモり、ユニゾンする。自分がアイドルグループの音楽を聴くときに求めているのは、そうした声の絡み合いからくる多幸感だと言って間違いないと思います。

Negiccoはそのような声の絡み合いを、さながら60年代ポップスのようにじっくりと聴かせてくれるグループです。Nao☆の鼻にかかったような、しかしよく通る特徴的な声、Kaedeの低めで倍音の強い声、Meguのハリのあるキャンディボイスの掛け算。ツボを押さえた楽曲制作陣のラインナップがよく取り沙汰されるNegiccoですが、それ以前に声の良さが彼女たちの魅力だと言えるでしょう。

 

1stアルバムの頃はクラブミュージック寄りの曲が多かった彼女たちですが、徐々に生バンドの柔らかい曲調を中心とする路線に舵を切りました。4枚目のオリジナルアルバムであり、結成15周年を記念する本作はYOUR SONG IS GOODやザ・なつやすみバンド、CRCK/LCKSなどを制作陣に迎えた、密かに2010年代日本のインディミュージックの集大成的な内容です。こうした変化をメンバーの喉の不調などを踏まえた消極的選択とみる人もいるかもしれません。しかし、Nao☆の結婚が象徴するように、十代の儚い美しさのみを良さとする女性アイドルのステレオタイプに逆らい、継続可能性をとるところに自分はこのグループのしなやかさを感じるのです。

歌詞の面でも、15周年を言祝ぐとともに、活動を続けていく喜びを表現するアルバムとしてゆるく(しかし綺麗に)まとまっています。シャムキャッツが提供した、アイドルを辞めたかつての仲間とメールをするという設定の "She’s Gone" が特に秀逸ですが、祝福だけでなくどこか不安をまとっているのが好きな点でもあります。

良くも悪くもアイドルの時代であった2010年代。アイドル音楽の有力なオルタナティブとして、本作は結構重要な位置にあるのではないでしょうか。

 

 

1.cero『POLY LIFE MULTI SOUL』(2018)

POLY LIFE MULTI SOUL

POLY LIFE MULTI SOUL

  • 発売日: 2018/05/16
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

シティポップと関連の深いジャンルとして「ソフィスティ・ポップ」というものがあります。スタイル・カウンシルやプリファブ・スプラウトスウィング・アウト・シスターなどが分類されますが、シンセサイザーの普及以降の、ブラック・ミュージックに影響を受けた、ソフィスティケート(洗練)された音楽という点で、特に80年代のシティポップと同時代性のあるジャンルだと言えます。

ところで、「ソフィスティケートされた音楽」とはどのようなことを指すのでしょうか? コード感や演奏テクニックも関係しているでしょうが、重要なポイントとして「音に隙間があり、すっきりしている」「ノイズが抑えられ、クールである」という感覚があると思います。こうした感覚が「値打ちもない華やかさに包まれ」た都会(大貫妙子「都会」)を俯瞰するようなシティポップの冷めた空気を作っているのではないでしょうか。話は逸れますが、そうした「音の隙間」をアヴァンギャルドな形で活かしたのがゆらゆら帝国『空洞です』だ、なんてことも言えるかもしれません。

 

ceroの名盤『Obscure Ride』は今日のシティポップ・ブームに先鞭をつけたアルバムと見なされています。彼らは、1stや2ndにおいて持ち味であった、ガチャガチャとした狂騒的な部分を抑えることで、同時代のヒップホップやR&Bに特有のリズムのずれや隙間の感覚を再現しました。それが、80年代シティポップを参照した形跡がそれほど見られないにもかかわらず、このアルバムがシティポップ=ソフィスティケートされた音楽として受容された要因でしょう。

一方、本作『POLY LIFE MULTI SOUL』。前作の方向性を推し進めた「黒い」アルバムですが、前作にあった「すっきりした」印象はもはやありません(洗練されていないというわけではなく)。さまざまな楽器とコーラスが多声的に絡み合い、抑えられていた狂騒性が復活し、静かな熱さを湛えています。都市を覆うノイズをクリーンアップするのではなく、むしろ受け入れてともに踊ろうとすること。歌詞の面ではそのことが、幾筋にも分かれ、ときに濁流を起こしつつ、最後には同じ海に流れていく川のメタファーで表されています。  筆者はこのアルバムを聴くと、これからポップスは狂騒の時代を迎える、そしてそれをリードするのがこのアルバムかもしれない、というワクワク感を抑えられません。

 

 

ザックリ総括

いや、長かった……。ちょっとのんびりやりすぎて、年明けてから2週間も経ってしまいました。

なんというか、ポップでガチャガチャした音楽が好き、ラテンのエッセンスがあるとなおよし、みたいな筆者の趣味をひたすら開陳するブログになっている気がしなくもないですが、そういう意味では、2010年代は好みの音楽に恵まれたディケイドでした。そして1位のceroのコメントでは、これからはもっと狂騒の時代になるぞ(なったらいいな)という願いを込めて締められたのでよかったと思います。

自分の頭の中の澱のようなものをざっと出せたので、今後どうしようかと迷っています。月一くらいで良かった作品をジャンル問わず書いていくかな。また、今回書いていて、自分は「ユーモア」ということにかなり関心があるのだな(そしてそれはなかなか言語的に分析できないな)という自覚を得たので、そういう一つのテーマを軸にいろいろな作品を横断的に見る記事とか書けないかな……などと考えています(難しそうですが)。

 

それでは、長々お付き合いいただきありがとうございました。

2010年代邦楽フェイバリットアルバム50【20~6位】

 

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20.坂本慎太郎『できれば愛を』(2016)

できれば愛を

できれば愛を

  • アーティスト:坂本慎太郎
  • 出版社/メーカー: Independent Label Council Japan(IND/DAS)(M)
  • 発売日: 2016/07/27
  • メディア: CD
 

前作『ナマで踊ろう』で、マーティン・デニーのエキゾチカ・サウンドを思わせるスライドギターやヴィブラフォンを導入することで完成したイージーリスニング的なサウンド(本人曰く「人類滅亡後に流れている常磐ハワイアンセンターのハコバンの音楽」)をさらに進めたような作品。スライドギターやシンセの使い方が効果的で、いっそうの脱臼感があります。

歌詞はとにかく抽象的かつミニマルで、往々にして音楽がまとってしまう様々なイデオロギーを取り除いた上で、なお残る愛や孤独、その他わずかな感情の機微などを表現しようとするようです。 男性同士、女性同士の恋愛が描かれる "ディスコって" はLGBT讃歌のようでもありますが、より広く、あらゆるセクシュアリティをフラットに、そしてドライに見つめている歌なのではないでしょうか。またセクシュアリティに限らず、あらゆる人が差別もされないかわりに孤独な社会。そういう現代社会の縮図としてのディスコを歌っているようです。それが盆踊りと並置されているのもさすがで、死の前にはすべてフラット化されてしまうという、恐ろしいけれど少し落ち着く世界観。

 

 

19.さよならポニーテール『円盤ゆ~とぴあ』(2015)

円盤ゆ~とぴあ

円盤ゆ~とぴあ

 

初期のあっさりしたアレンジも良いですが、本作はぐっと音の厚みが増してとても好みの路線です。メイン(と捉えていいと思います)のDISC 1は "この恋の色は" のコンガで幕を開け、全体的にファンキーな装い。capsule的な浮遊感のあるロックチューン "すーぱーすたー"、曽我部恵一、ザ・なつやすみバンドとコラボした "夏の魔法"、予測不能なコード進行のポップな前半部からクイーンみたいな激エモギターソロに展開する "季節のクリシェ" など全く飽きさせません。サウンドの多彩さもさることながら、前作よりもボーカル5人のソロパートが多いのが良い。5人の声のキャラクターが出ているし、そうすると歌の内容も入ってくる気がします。

季節ごとに配信してきた既存曲をまとめたDISC 2、みぃながソロで歌うアコースティック曲集のDISC 3と、全部聴こうとすると流石にちょっとダルいのですが、それぞれ佳曲も多く(特にDISC 2の後半!)一度は飛ばさず聴いてほしい内容です。

 

 

18.放課後ティータイム放課後ティータイムⅡ』(2010)

放課後ティータイム Ⅱ

放課後ティータイム Ⅱ

  • 発売日: 2018/03/15
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

けいおん!』におけるロックは、音楽の革新を目指す野心とは無縁のポップな曲調に、食べ物のことしか考えていない女子高生の歌詞が乗せられた、これでもかというほど無害なものです。 こうした描かれ方を、ロックファンたちはちょっとむず痒い思いを抱えながら受け入れていたと思います。ロックという様式と、かつてロックが纏っていたイデオロギーは切り離して考えるべきだということは、誰もが頭の片隅ではわかっていたことなのでしょうが。『けいおん!』のアニメ化とかなり近い時期に相対性理論がデビューしたのは、実は象徴的なことだと思います。

一方でこのアルバムには歪んだギター、華やかに音色を変えるキーボード、泣かせるメロディ、そしてときおりコーラスや合いの手を重ねてくるサイドボーカルと、音楽ジャンルとしての「ロック」の最良のエッセンスが流れています。そうした要素をもった音楽を、「パワーポップ」というもっと下位の分類名で言い換えてもいいかもしれません。ユニコーンスピッツピロウズアジカン……歴史の周縁に位置するわが国のロックにおいて、パワーポップこそ正統であり、放課後ティータイムはその最も正しい継承者だったと言えるのではないでしょうか?

 

 

17.ミツメ『mitsume』(2011)

mitsume

mitsume

  • 発売日: 2016/04/27
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

90年代USオルタナっぽいギターサウンドに、シンプルでキャッチ―なメロディ。というだけなら珍しくありませんが、ちょっと不思議な動きをするベースが彩りを加えています。この1stの頃は特に、"クラゲ" の間奏部分の♭VIに代表される浮遊感のある響きがときおり挟まれ、歌詞も相まって淡い記憶をたぐっているような感覚があります。

ライブを見ても感じるのですが、ミツメはコーラスワークがとても綺麗なバンドです。2ndでは音響を進化させ、3rdではトーキング・ヘッズ的なミニマルさを取り入れ……と貪欲にディスコグラフィを重ねていくのですが、この瑞々しいコーラスを残しているのが個人的にうれしい。4thあたりからどんどんポップに回帰しているので今後どうなるのかわかりませんが、さらにコーラスを押し出してダーティー・プロジェクターズ『Bitte Orca』的なアンサンブルもやってほしいな、などと勝手なことを思っています。

 

 

16.宇多田ヒカル『Fantôme』(2016)

Fantome

Fantome

  • 発売日: 2016/09/28
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

正直に告白すると、筆者は宇多田ヒカルのいつも泣いているみたいな歌い方や、温度を感じさせないトラックなどが少し苦手でした。それでもこのアルバムは何度も聴いたし、"花束を君に" に至っては初めてフルを聴いたとき涙を堪えられませんでした。

 

それだけ自分に響いたのは、私小説的な要素とポップスらしい普遍性のバランスが絶妙だからだと考えています。

本作に収録されている曲群はざっくり言って、トラックNo.が奇数の曲が彼女の母・藤圭子の死というパーソナルな出来事に紐づいた曲として聴くことができ、偶数の曲が彼女ではない架空の主人公を立てた曲になっています。

ところが、前者のグループに属する "忘却" はKOHHの長いラップパートがあり、KOHHのパーソナルな語りと宇多田の語りが交錯する形になっていますし、後者に属する "二時間だけのバカンス" は、教師と生徒の不倫を歌いつつも、宇多田自身の仕事とプライベートの領域侵犯についての歌として聴くこともできます。また "桜流し" は11曲目で法則上は前者のグループと言えるのですが、実は藤圭子が亡くなる2013年よりも前(2012年)にシングルとしてリリースされた曲です。そうであるにもかかわらず、親しい人との永遠の別れを歌っているため前者のグループの曲として違和感なく聴くことができるのです。

 

ポップスを聴くとき、我々はしばしば歌い手のパーソナルな物語や感情をそこに重ね、共感します。しかし、歌い手はそこにいくらでも嘘を盛り込むことができ、我々もそれをわかった上であえて「騙される」ことができる。この、語り手が明確であるがゆえの「うまみ」のようなものが、本作には横溢している気がします。

 

 

15.KIRINJI『cherish』(2019)

cherish

cherish

  • 発売日: 2019/11/20
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

メンバーチェンジを経て「キリンジ」から「KIRINJI」へと生まれ変わって以降の最高傑作。ヒップホップやエレクトロのテイストもうまく溶け込み、生/電子という二項対立を意識させないサウンドになっています。また、歌メロの実験も面白い。日常的な発語のリズムに寄り添ったようなメロディの "「あの娘は誰?」とか言わせたい"、YonYonによる韓国語のラップをフィーチャーした "killer tune kills me"、ギターがボーカルのメロディに並走する "善人の反省" などなど。

歌詞も現代社会への鋭い批評を含んだ "あの娘は〜" "休日の過ごし方" がある一方で  "Pizza VS Hamburger" のようなおふざけもあり、ベテランの風格を見せつけています。2010年代のシティポップ・ブームを終わらせる一枚。

 

 

14.サニーデイ・サービス『DANCE TO YOU』(2016)

DANCE TO YOU

DANCE TO YOU

  • 発売日: 2016/08/03
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はっぴいえんどのフォーキーさとブルーアイド・ソウルの洒脱なファンクネスを組み合わせたようなバンド……もっと言えばサニーデイ・サービスの後継者のようなバンドが数多く現れた同時代の日本のシーンに、自ら反応してみせたようなアルバム。店頭で「I'm a boy」が流れているのを聞いたときは「おっ、実力のある若手バンドかな」と思ってしまったくらいです。

このアルバムには瑞々しさと同時に、どこか偏執性を感じます。曽我部はカーネーションの直江との対談インタビューで、スタジオに入ったら「考え方がマイブラになっちゃう」と発言していました。ドラマーの丸山が体調を崩したため、ほとんどの曲で曽我部自身がドラムを叩いているという点もマイブラの『Loveless』と似ているのですが、そういう事情もあってか、曽我部が頭の中で設計した音を綿密に組み上げたというような、閉じた雰囲気があるのです。

そして、すべての曲がまとっているのが、名曲「セツナ」の印象的な歌詞「夕暮れの街切り取ってピンクの魔法かける魔女たちの季節/緩やかな放物線描き空落下するパラシュートライダー」に代表されるような孤独感。いずれにせよ、これまでのサニーデイの作品にない崇高さのある作品です。

 

 

13.くるり『THE PIER』(2014)

THE PIER

THE PIER

  • 発売日: 2014/09/17
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

くるりくるりたらしめるものと言えば岸田のボーカルですが、初期と現在ではかなり歌い方が異なります。2010年の『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』あたりから強く意識して歌い方を変えている気がするのですが、本作ではかなり方向性が固まったのを感じます。初期の岸田の歌は、ズレや拍の半端さによってどこか情けない、気の抜けたような感じを出していました。一方、本作ではハキハキと、いわば楽譜通りに歌おうと試みられているよう。

『ワルツを踊れ』(2007)あたりまででバンドとしてのアンサンブルは概ね実験しつくし、次は歌を押し出すフェーズに入ったためか、それとも90〜00年代の「終わりなき日常」的な気分が流れる時代が終わり、より強いメッセージを伝えることを意図しているのか。少し慣れるのに時間がかかりましたが、「Remember Me」の終盤や「There is (Always Light)」で聞かれる力強い歌声もなかなか良いものです。

そんな歌声を支えているのは、これまでになくずっしりしたリズムです。以前のアルバムにはよく入っていたような三拍子の曲や弾き語りの曲は本作には収録されていません。8拍子が2+2+2+2に分割され、そこに3+3+2のリズムが絡むという、タンゴ、スカ、ロック……20世紀以降のポピュラーミュージックを支えてきた基本のリズムが強調されています。

発売当時はEDMや2ステップ、ダンスパンクなど、四つ打ちで裏拍をハイハットで強調するリズムが流行しており、このアルバムはそうした流行への批評だと感じられました。ハイハットが32分で刻み続けるEDM風の「日本海」、マーチングドラムが印象的な「ロックンロール・ハネムーン」、サンバっぽいリズムのくるり流ラウンジハウス「Amamoyo」。いずれにしても基本は変わらないぞ、とこのアルバムは主張しているようです。

 

 

12.でんぱ組.inc『WWDD』(2015)

WWDD

WWDD

  • 発売日: 2016/12/21
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アイドルとヒップホップは相性がいい、とよくまことしやかに言われます。でんぱ組.incはまさにそのテーゼを例証するアイドルグループの一つでしょう。前作『WORLD WIDE DEMPA』では、"W.W.D" "W.W.D Ⅱ"で歌い上げられる「自分たちがいかにひどい状況から這い上がってきたか」というストーリーがヒップホップの成り上がり精神に呼応するものですし、たびたび「レペゼン秋葉原」「レぺゼン日本」というような地域への帰属意識が強調されています。同作はビースティ・ボーイズの破壊的なカバー "Sabotage" から、渋谷系をマウントして秋葉系へとアレンジしてみせた "冬へと走りだすお!" まで、多彩なジャンルの曲がサラダボウルのように同居していますが、そうしたアティテュードで串刺しにすることで統一性を出していました。

一方『WWDD』では、むしろアティテュードの面は後退させ、前作を構成していた様々な要素をるつぼに入れて溶け合わせ、祝祭感あふれる世界観を完成させています。特に玉屋4030%が提供した "でんぱーりーナイト" "サクラあっぱれーしょん" は民族音階、ファンキーなリズム、音数の多さ、プログレッシヴな展開など圧巻で、そのテンションに引っ張られるようにして全体ができているかのよう。

 

 

11.Perfume『JPN』(2011)

JPN

JPN

  • 発売日: 2019/06/01
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Perfumeの3rd。1st『GAME』に次いで売れたらしいです。前作収録の "ワンルーム・ディスコ" のヒットで自信をつけたのか、初期の「無機質」「未来っぽい」というキャラづけから「かっこいい大人の女性」という現在まで続く路線を定着させたアルバムと言えるでしょうか。

バキバキと攻撃的に鳴り響く低音やサイケデリックサウンドエフェクトは後退し、歌声の加工もやや柔らかくなりました。一方で、8分音符ひとつひとつに丁寧に音を置いていくような譜割り、世代を感じさせる歌詞(「人から人へ繋ぐコミュニティ/ちょっとだけスマートに生きたいの」("MY COLOR"))など、実は「歌謡曲」以来の日本語ポップスの定番をタイトに貫いているグループだということが浮き彫りになっています。ファンキーな3分間ポップス "ナチュラルに恋して"、イントロなしでいきなりAメロから始まりサビまでグイグイ展開していく "心のスポーツ"、フュージョンっぽいコードと音色づかいの "Have a Stroll" など名曲多数です。

次作以降、いわゆるEDMやビートミュージックに接近する過程で、本作にはあったメロディの繊細さが失われていくのはちょっと残念。

 

 

10.さとうもか『Merry go round』(2019)

メリーゴーランド

メリーゴーランド

 

「おもちゃ箱をひっくり返したようなサウンド」とはまさにこのこと。ちょっとくぐもったピアノやアコギのレトロな音色と、キラキラしたシンセの音色が見事に溶け合っていて、作り込まれた密室ポップになっています。入江陽のプロデュース力に脱帽です。Tomgggをフィーチャーした "ループ" はムームとかSerphあたりのエレクトロニカも彷彿とさせる曲で、長谷川白紙の手になる姫乃たま "いつくしい日々" と並べて「次世代のガールポップ!」なんてキャッチをつけたいかも。

少女の繊細な心情を歌っており、荒井時代のユーミンと比較されているのも肯けるのですが、"melt summer" の「ラブソングのパロディ」と言いたくなるほどステレオタイプな展開を見るにつけ、ネット世代らしいメタな視点で詞を書いている気もします。

アコースティック要素が強くよりSSWらしさの出た1st『Lukewarm』も必聴。 

 

 

9.Homecomings『WHALE LIVING』(2018)

WHALE LIVING

WHALE LIVING

  • 発売日: 2018/10/24
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

前作から一転、日本語詞をメインにした3枚目のフルアルバム。日本語で歌われている平賀さち枝とのコラボやNegiccoへの提供曲 "ともだちがいない!" が良かったので、もっとそういう作品出してくれないかなと思っていたのですが、今回そちらに舵を切って大正解だったと思います。詞のリズムに合わせてメロディやアレンジが細やかになったし、心なしか歌も大人びて聞こえます(初期のジャングリーなバンドサウンド少年ナイフみたいな棒読み英語が乗るスタイルもキュートで大好き)。スピッツがそうであるように、ギターポップの日本独自の発展形みたいな。

詞の内容は、海沿いの町を舞台にアルバム一枚で緩く繋がっているようです。ちょうど真ん中に配された "So Far" をフックに大切な人との別れを描いているのですが、切なくもカラッとした爽やかさが、あって何度も聴きたくなります。強い音や強い言葉の溢れる世の中でこういう音楽を作ってくれる人たちがいるのはなんとも心強いなと。

 

 

8.STAR☆ANIS『CUTE LOOK』(2014)

アイドルもののアニメやゲームの楽曲が面白いのは、ベースが「ポップスのパロディ」にあることにあると言えるでしょう。「アイカツ!」はキッズ向けのアニメ/ゲームシリーズですが、いやキッズ向けだからこそ、その例に漏れず各曲が様々なジャンルのポップスを「元ネタ」にしています。

アイカツ!」1期はほとんどの曲をMONACA所属のコンポーザーが作曲していましたが、2期ではonetrapを中心、その他のコンポーザーも参入しています。2期にonetrapの所属作家が提供した名曲としては、成瀬祐介作曲の "オトナモード" が挙げられるでしょう。 "オトナモード" は夏樹みくるという、主人公より少し年上のいわばちょっと「ギャルっぽい」キャラクターの持ち曲として登場するのですが、女の子が背伸びをして夜遊びをするという歌詞のメロウなレゲエ風ナンバー。ループ感が強く、アニメソングとしてはまさしく「大人っぽい」曲ですが、2番の後Cメロに展開し、そのままピアノソロになだれ込む流れは絶品で、キッズアニメに興味のない方もぜひ先入観を捨てて聴いてほしいです。

メロウなレゲエ・ナンバーという点と歌詞の内容から、筆者はケツメイシの隠れた名曲 "門限やぶり" を連想します(ちなみにこちらは語り手の男性が奥手な女性を夜遊びに誘うという歌詞)。ただ、ここでは元ネタを知ってニヤリとするというマニアックな楽しみ方ができることより、むしろ既存のポップスをうまく換骨奪胎して、キッズを未知の世界への想像に誘う仕掛けを作っていることが重要。まあ、筆者はそういうキッズのための仕掛けをフェティシスティックに消費する側なのですが。

 

 

7.スカート『CALL』(2016)

CALL

CALL

  • 発売日: 2016/04/20
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

なぜ、今までこういうバンドがいなかったのか? スカートのファンは誰しもそのように考えるのではないでしょうか。シンプルなロックバンドの編成でJ-Popをやるバンドはたくさんいましたが、スカートのように複雑な曲構成ではなかったし、複雑な曲構成のバンドはたくさんいましたが、スカートのようにシンプルなロックバンドの編成でJ-Popをやってはいませんでした。

本作はカクバリズム移籍後初のオリジナルアルバムです。さすが名門レーベル、これまでのアルバムに比べて格段に録音が良く、それに伴い歌もより丁寧に歌われている様子。一方でその音楽性や、悲嘆にも晴れやかさにも振り切れない微妙な心情を歌うという点は、1stの頃から偏執的と言っていいほど貫かれています。そこには、メインカルチャーがますます強い感情を引き起こすようなエクストリームなものを押し出すようになっていることへの反抗を感じます(自らを「ロックバンド」ではなく「ポップバンド」と名乗っていることからもそうした態度がうかがえます)。

ロックというジャンルは、なんだかんだで西洋的な芸術観に駆動され、半世紀にわたって枠組みを拡張させてきましたが、それゆえにどんどん新規性の袋小路に入ってしまったと言えるかもしれません。先に触れたエクストリーム化というのも、そうした状況のひとつの表れでしょう。

そんな中、2010年代前半頃でしょうか、「いや、そんな新しいことしなくても良い曲を演奏できればいいんじゃないの?」というインディ界隈を中心とする動きが表面化しました。彼らの中には、英米の優れたロック・ポップスのエッセンスをJ-Popに落とし込むという、スピッツサニーデイ・サービスなど日本のロックの主流といえるバンドたちの功績を継承する者が多くいました。面白いのは、スピッツサニーデイ・サービスと異なり、彼らの存在はこの時代において非常にオルタナティブなものであるという逆転が起きていることです。スカートは、自らのオルタナティブさを利用して、主流であったはずの形式に、主流であった頃には不可能だったフェティシスティックな深化を遂げさせることに成功したバンドだと言えるのではないでしょうか。

 

 

6.中村佳穂『AINOU』(2018)

AINOU

AINOU

  • 発売日: 2018/11/07
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ジャズやヒップホップを乗りこなした上で、うまく日本らしいポップスを作っている人たちがたくさん表舞台に出てきた2010年代後半でした。その中でも中村佳穂は、つい天才と言いたくなるアーティストの一人です。

1曲目 "You May They" からしてすごい。出だし「良い訳ないし」の「わけ」を一息に言ってしまうような発音をはじめ、印象的なフェイクの技に満ちています。何度も聴いてどんどん一番好きな曲が変遷しているのですが、今は "FoolFor日記" が好き。リズムのズレやポリリズム、高音部・低音部の掠れさせ方、特徴的なビブラートなど、日常のなかで身体が覚え込んだ声の出し方がそのまま音楽に滲み出ているかのような彼女の歌の魅力が一番表れている気がします。

"You May They" "アイアム主人公" の歌詞に見られる自覚的なスター性、"忘れっぽい天使" の優しさ、ライブでの立ち振る舞いや "そのいのち" から感じるシャーマンっぽさなど、本人のキャラの立ち方も好きなポイントです。

 

 

続き↓

throughkepot.hatenablog.com

2010年代邦楽フェイバリットアルバム50【35~21位】

throughkepot.hatenablog.com

の続きです。

 

35.藤原さくら『PLAY』(2017)

PLAY

PLAY

  • 発売日: 2017/05/10
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筆者が中高時代を過ごした2000年代、「ロハス」とか「ナチュラル」みたいな言葉の流行に呼応するように、生楽器の音が強調されたポップスがよく流れていました。本作はそんな時代のポップスを思い出させるとともに、サウンドプロダクションもノラ・ジョーンズに影響を受けた歌も今のポップスらしく垢抜けていて、「J-Popの正統な進化系」と感じられるアルバムです。特にスピッツのカバー "春の歌" は傑作。全体的にそれまでの作品よりも厚めのアレンジですが、ピアノの弾き語りに近いスタイルで「消えないのにね 過去は」「明日からやり直せばいい/なんて/言わないで 言わないで」とブルージーに呟く "play sick" なんかも良いです。

どちらかというとEPの扱いなので外しましたが、翌年出した『green』『red』も推したい。『PLAY』でドラムを叩いているmabanuaがプロデュースしており、打ち込み中心のより幅広い内容となっています。

 

 

34.The ピーズ『アルキネマ』(2012)

アルキネマ

アルキネマ

  • 発売日: 2016/02/19
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2012年に7年ぶりに出たアルバムですが、2007年頃から断続的にリリースされていたシングル曲の再録が結構多いです。そのためもあって、ロックバンドではよくある「1か月で録りました」という感じのアルバムにはない練度が曲にあります。

The ピーズ、筆者はかなり最近になってハマったのですが、よく取り沙汰される歌詞はもちろんのこと、綺麗に着地することを避けるようなメロディも大きな魅力ではないでしょうか。「トロピカル」のような、ルーズな演奏で短いフレーズを繰り返す感じの曲で胸に引っかかりを残せるのはすごい。もともと日本のパンクが好きな方以外でも、ザ・キンクスとかペイヴメントとかが好きな方、一聴してみては。

 

 

33.PUNPEE『MODERN TIMES』(2017)

MODERN TIMES [Explicit]

MODERN TIMES [Explicit]

  • 発売日: 2017/10/11
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PUNPEEの最初のソロアルバム。古くからのファンの間では2012年に2000枚限定でリリースされたMIX CD『MOVIE ON THE SUNDAY』が実質的な1stアルバムとして聴かれているようですが、現在高騰しており自分は未聴。

本人の見た目通り、自分含め「ヒップホップに興味はあるけど怖い人が多くてちょっと」という「文化系」リスナーに優しいヒップホップですが、たとえば弟の5lackがどこか素っ気ないのに比べても(こちらも大好きですが)とにかくサービス精神の旺盛さに驚かされます。歌詞や本人の発言、ファンのブログなどを見れば見るほど、ヒップホップネタや映画ネタなどの小ネタや謎が仕掛けられているのがわかり、読み解くのが楽しいアルバムです。好きなものを詰め込んだということなのでしょうが、結果として長く聴くことができ、かつ島の外にいる人々にもアピールするアルバムになっているのが見事。

 

 

32.トリプルファイヤー『スキルアップ』(2014)

スキルアップ

スキルアップ

  • 発売日: 2018/11/08
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世の中にあふれたクリシェを拾い上げ、脱臼させてしまうかのような歌詞が痛快。"スキルアップ" は工場での作業がモチーフになっていますが、その空虚さは人生の中のどんな作業に当てはめても破壊力をもちます。いがらしみきお榎本俊二のような不条理漫画のセンスを感じるのですがどうでしょうか。一方でこの「脱臼感」は、楽器隊の黒子のように無機質な演奏に吉田の身体性が乗ることで成り立つ、ある種の演劇性をもったものです。

2010年代は世の中がどんどんシリアスになっていったと同時に、カルチャーの持っていたシリアスさがどんどん脱臼されていった時代だなと感じています。それは確かに痛快であったけれど、これから乗り越えなくてはならないものなのだろうなとも。

 

 

31.lyrical school『BE KIND REWIND』(2019)

BE KIND REWIND

BE KIND REWIND

  • 発売日: 2019/09/11
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女性ヒップホップアイドルユニットの5thアルバム。3rdと4thの間でメンバーががらりと変わったりといろいろ苦労していそうな印象ですが、貴重なアイドルラップ枠として良い曲を出し続けているのでもっと評価されていいグループ。

メンバーチェンジ前の方がアイドル然としてはいたのですが、ラップのスキルは断然上がっていて "Enough is school" "Tokyo Burning" のようなトラップっぽい曲も違和感なく聴かせます。お家芸の明るいサマーチューンも健在でアルバムとしての完成度はいまのところ最高ではないでしょうか。

 

 

30.スピッツ『醒めない』(2016)

醒めない

醒めない

  • 発売日: 2016/07/27
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草野マサムネが3・11のショックで倒れてからの復帰作である前作『小さな生き物』には励まされましたが、一曲一曲の完成度ではこちらでしょうか。前作に引き続き詰め込みすぎないミキシングで気持ちよく聴くことができます。近年あえて盛り込まれているように感じる、歌謡曲っぽいクサいフレーズは好き嫌いの分かれるところですが。

『小さな生き物』では、「居場所があんのかわかんねぇ/美しすぎるクニには/シカトされてもはぐらかされても/茶碗で飲みほすカフェラテ」なんて珍しく体制批判にも捉えられる歌詞がありました。本作でもラブソングに混ざって、明確に自分の外側に戦うべき相手が設定された歌詞が聴かれます。震災以後の政治や社会の変化を目にして、より外的世界と対峙した詞作がなされるようになったのでしょうか。"SJ" にいたっては、「夢のかけらは もう拾わない 君と見よう ザラついた未来」と、前向きでありつつもこれまでの夢見がちな詞世界を否定しかねないフレーズが耳に残ります。

とはいえ、スピッツらしい隠喩に満ちた言い回しで、多用な読解に開かれた表現に仕上がっているのはさすが。

 

 

29.THE NOVEMBERS『ANGELS』(2019)

ANGELS

ANGELS

 

結成13年目のオルタナティブロックバンドの7枚目。本作ではインダストリアルな電子音を大胆に取り入れ、トレードマークであるシューゲイザーハードコアパンク直系の暴力性をさらに加速させています。

シューゲイザー×インダストリアル、しかもゴスっぽいとなればカーヴ(Curve)という先駆者がおり、実際『ANGELS』を聴いていてカーヴを想起する箇所もあります。しかし、M3、4、8のように80年代ニューウェイヴへの参照を隠さない楽曲といい、ロックバンドの形式を保ちつつスタジオ音源ではDTMしまくっているというスタイルといい、むしろ比較すべきはテーム・インパラでしょうか。まだ彼らのライブには行けていないのですが、このアルバムの曲をどう再現しているのかちょっと見てみたいです。

 

 

28.ザ・なつやすみバンド『パラード』(2015)

パラード

パラード

  • 発売日: 2015/03/04
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東京インディーという言葉の流行とともに、にわかに注目を集めた楽器がスティールパンです。そもそもこの楽器は、トリニダード・トバゴでドラムの使用を禁止された黒人たちが、アメリカ軍の置いていった石油缶を使って作ったという逸話もあるように、西洋から非西洋への搾取とエキゾティシズムを象徴する楽器と言えるのではないでしょうか。細野晴臣が「黄金の国ジパング」としての日本とカリブ諸国を重ね合わせながらこの楽器を使ったときも、そういう皮肉な含みがあったはずです。

ザ・なつやすみバンド、あるいはそのメンバーであるMC Sirafuが客演したceroやVIDEOTAPEMUSICにおけるスティールパンの使われ方は、もう少し素朴に、郷愁や「ハレ」の気分を効果的に表現するものと言えるでしょう。一方でその音色は、かつて豊かだった日本、イメージの中にしかない楽しい東京、もうやってはこない夏休み……そういう不在性をほんのりと感じさせます。

初期のむせ返るほどのピュアさから少しポップに寄った『パラード』ですが、ブラジル/ラテン音楽をJ-Popに落とし込んだ名盤です。ポップさに反して、盛り上がりどころを繰り返さない複雑な曲構成のおかげで、良い意味でお腹いっぱいにさせません。

 

 

27.Pizzicato One『わたくしの二十世紀』(2015)

わたくしの二十世紀

わたくしの二十世紀

  • 発売日: 2015/06/24
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西寺郷太小泉今日子などの豪華なシンガーをフィーチャーし、小西康陽が自身の過去作を再アレンジ。 ピチカート・ファイヴの初期から後期、解散後に他のアーティストに提供した曲がバランスよく並んでいますが、テーマの一貫性に驚かされます。原曲の華やかなアレンジにコーティングされていた、孤独や別れ、死といったテーマが、削ぎ落されたアレンジによってこれでもかと前面に出ています。特に2017年に亡くなったムッシュかまやつが「もしもゆうべ観た夢が/本当になるのなら/ぼくはたぶんもうすぐ/死ぬのかもね」となんとも素っ気なく朗読する "ゴンドラの歌"(原曲:"華麗なる招待")はゾクゾクせずに聴けません。

それにしても、小西の書く曲は歌い手の巧さよりも、震えやズレ、不器用さを際立たせるのですね。このアルバムを聴いていると、歌い手がマイクを前に一人、メロディに真向かっているというような緊張感を感じます。聴き手にさらっと聞き流すことを許さない、パーティにも作業用BGMにも向かないアルバムです。

 

 

26.カーネーション『Suburban Baroque』(2017)

Suburban Baroque

Suburban Baroque

  • 発売日: 2017/09/13
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大森靖子のプロデュースや、スカートやカメラ=万年筆のメンバーのラブコールによって、2013年頃から存在感が再びぐっと増したカーネーション。2016年にリリースされた『Multimodal Sentiment』はアフロファンクからシューゲイザーまでを取り込み、歌詞も彼ら流のキャッチーなユーモアに溢れ、カーネーション健在を裏付けた傑作でした。それに比べると本作は、オーソドックスなロックのサウンドにまとまった一見シブい内容ですが、じんわりと沁みるアルバムです。

「時間ばかりが過ぎてゆく/じれったさや情けなさ/消す事のできない感情ばかり/灼けた砂が吹き抜ける/この世界 この未来/変りゆくものすべて見届けようぜ」。1曲目 "Shooting Star" のこのフレーズがアルバム全体のモードをよく表していると思うのですが、60近いシンガーが戸惑いを抱えながら生きていくことを歌っているのには希望を与えられます。

 

 

25.ZAZEN BOYS『すとーりーず』(2012)

すとーりーず

すとーりーず

  • 発売日: 2012/09/05
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ナンバーガール時代からのテーマであったサウンドの鋭利さを前作『ZAZEN BOYS 4』で一つのピークへと到達させた向井秀徳が、本作で突き詰めたのは「ユーモア」だったのではないかと思います。「ボウルに一杯のポテトサラダが喰いてえ」など向井ファンのハートを瞬時にキャッチした歌詞はもちろんのこと、どの曲のリフも鋭角でありながらどこか間が抜けています。「計算された間抜けさ」という点で、よく比較対象となるキャプテン・ビーフハートの『トラウト・マスク・レプリカ』も彷彿とさせます。

そして、『4』までの特徴であった向井のファルセットがやや抑えられたこと、「はあとぶれいく」などで聴かれる、ナンバーガール時代を彷彿とさせるシンプルなストロークからなるギターリフが、これまで抑制されていた温かみを感じさせます。2012年のこの作品がいまのところ彼らの最新アルバムとなっているのですが、今後この方向性をどのように展開させるのか楽しみです。

 

 

24.曽我部恵一『ヘブン』(2018)

ヘブン

ヘブン

  • 発売日: 2018/12/07
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ヒップホップを大胆に取り入れてファンを戸惑わせたサニーデイ・サービス名義のカオスなアルバム『the CITY』から9か月弱でリリース(『There is no place like Tokyo today!』と同時発表。この多作ぶりは本当にすごい!)。『the CITY』以上に「ヒップホップのアルバム」で、無機質なトラックに乗せて曽我部自身がラップしています。

ロック系のミュージシャンがヒップホップを取り入れることはよくありますが、自らアルバムの全曲でラップをするということはあまりありません。これはヒップホップがスキルを求められ、どちらかといえば排他的な文化圏を築いているという理由があるのかもしれません。しかしヒップホップ側に何らかの変化が起き、曽我部はそれを敏感に察知したのではないでしょうか(付言すると、彼のラップはレイドバックしたものですが、非-ヒップホップ畑のミュージシャンとしては驚くほどちゃんとしたものです)。

曽我部のラップは、「のし上がってやる」というようなステレオタイプなマッチョなラップではなく、何気ない生活をちょっとシュールに切り取ったような内容です。そういうところも、ヒップホップ側の変化を受けている気がします。

 

 

23.小田朋美『シャーマン狩り』(2013)

シャーマン狩り -Go Gunning For Shaman-

シャーマン狩り -Go Gunning For Shaman-

  • 発売日: 2013/12/04
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dCprGにCRCK/LCKS、FINAL SPANK HAPPY、またceroでの客演など、二人か三人いるんじゃないの?と言いたくなるほどの活躍を見せている小田朋美のデビュー作。いま挙げたアクトでも見せるジャズ的な演奏はもちろんのこと、彼女のルーツであるクラシックや現代音楽のエッセンスを濃厚に感じさせます。

このアルバムに限らず、彼女はカバーや既存の近現代詩に曲をつけることを得意としています。M1はPerfume、M5は小池玉緒、M6はSPANK HAPPYの、原曲を活かした良カバー。M2とM3は宮澤賢治、M4は谷川俊太郎、M9は寺山修司の詩に曲をつけていて、「ああ、日本語の詩ってロックよりこういうのの方が綺麗に乗るのだなあ」という発見があります。詩の中に「風」や「雨」というフレーズが何度か現れるのですが、ヴァイオリンやチェロとピアノの音色がそれらのアナロジーに感じられて、なんだか天気の悪い日に聴きたくなります。

小田自身が作詞しているのはM8のみなのですが、これはこれでかなり良い。詩を曲をつける行為からインスピレーションを受けるのか、この後徐々に自ら作詞するようになるのですが、次作『グッバイブルー』に収められた「マリーアントワネットのうた」なんかすごく良いです。

 

 

22.シャムキャッツ 『AFTER HOURS』(2014)

AFTER HOURS

AFTER HOURS

  • 発売日: 2014/03/19
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前作『たからじま』のUSオルタナ的破天荒さから、ネオアコ的なファンキーで爽やかなサウンドにぐっと寄った3rd。ある曲のリフではもろにOrange Juice「Rip It Up」へのオマージュを捧げていたりします。それにしても、2010年代インディポップが80年代ネオアコから受けた影響って本当に大きいんじゃないでしょうか。そこには「単純に良い曲を作ること」への回帰を感じるのですが、この『AFTER HOURS』に関しては、うねうねと動くベースがロックバンドらしいドライブ感を加えてくれていて最高です。

歌詞も、それまでの「男子どものワイワイ騒ぎ」なノリから、都市を生きる人々を優しく俯瞰するようなスタイルへと明確な変化を遂げています。以降もバンドはアルバムごとに貪欲にスタイルを更新していますが、この『AFTER HOURS』が詞・曲ともにターニング・ポイントになったという印象を受けます。

 

 

21.台風クラブ『初期の台風クラブ』(2017)

初期の台風クラブ

初期の台風クラブ

  • 発売日: 2018/05/16
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彼らをはじめて聴いたときの「これだよこれ!!」という感覚は忘れられません。粘っこいボーカル、ソリッドなギター、バタバタしたドラム……日本の熱く湿った夏の空気を閉じ込めたようなサウンド。それでいて、Aztec Cameraへのオマージュがうかがえる「ついのすみか」など、適度に黒さを感じさせるコード感もいい。歌詞も情けなさと喪失感に満ちていて最高です。しばしばThe ピーズに喩えられるのもその辺が理由でしょうか。

一番のアンセムと言えるのはやはり「飛・び・た・い」でしょう。激エモのイントロを抜けて、歌入りの「エレキギターにも飽きて/部屋でしれっとしてるよ」という歌詞がもう良い。映像的ですし、「しれっとしてる」というワードチョイスが絶妙ですよね。

 

 

続き↓ 

 

throughkepot.hatenablog.com

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2010年代邦楽フェイバリットアルバム50【50~36位】

およそ半年ぶりの更新となってしまいました。

ほんといきなりですが、2010〜19年の10年間に発売された日本の音楽アルバムのうち、良かったな、よく聴いたなというものをランキング形式で50枚挙げていきたいと思います。一枚一枚コメントもつけていきます(上位はやや長め)。なお、アーティスト一組につき一枚、オリジナルアルバムに限定(epサイズのものやコンピ盤は除外)しました。

 個人的に、仕事を休んで音楽をじっくり聴く余裕ができたというのと、自分が音楽を聴くときどういうポイントに注目しているのか、文章化することで炙り出したいなという気持ちがあったので、ちょっと時間をかけて作ってみました。

長いので4記事分に分割します。それから、 今回急にですます調になりましたがあまり気にせず……。

それでは50位からいってみましょ〜。

 

 

50.ウワノソラ『ウワノソラ』(2014)

ウワノソラ

ウワノソラ

  • 発売日: 2014/08/20
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

再評価著しいSUGAR BABE大貫妙子の音楽のエッセンスを2010年代で最もよく研究し、現代によみがえらせたバンドではないでしょうか。しかし、現代のシティポップは同時代のヒップホップやR&Bと関連の深いムーヴメントであり、そういう意味でウワノソラはムーヴメントの中心からちょっと離れたバンドとも言えるのが面白いところ。

ところで、Amazonなどでレビューを見ると、ボーカルのいえもとめぐみの歌唱力が足りないという批判がいくつか見られます。確かに彼女はちょっと幼い感じの歌い方をするのですが、筆者はむしろ現代的でいいなとさえ感じます。ここに70年代のニューミュージックをリアルタイムで聴いてきた人々と筆者のような比較的若い世代との、女性ボーカルについての感覚の違いが感じられて面白いです。

 

 

49.神聖かまってちゃん『友だちを殺してまで。』(2010)

友だちを殺してまで。

友だちを殺してまで。

  • 発売日: 2010/03/10
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

前の世代のロックバンドたちが歌っていた苦悩ややるせなさといったものは、なんと綺麗に整った、なんとジョック的なものだったのか、という情けない(しかも真剣さのある)歌。一方で、"ぺんてる" などには思わず手を止めて聴いてしまうような詩的さがあります。いかにもプリセット音源という感じのキーボードや、ピッチを変えた歌を何重にも重ねてウォール・オブ・サウンドを作るという発想は、一回きりの裏技という感じでまさにパンク。

神聖かまってちゃん相対性理論はともに偶然2010年前後に登場しましたが、10年区切りで日本のポピュラー音楽を考えるとき、この2組ほどの良い指標はないのではないでしょうか。

 

48.JINTANA&EMERALDS『Destiny』(2014)

DESTINY

DESTINY

  • 発売日: 2014/04/23
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

アーバン&メロウ集団PAN PACIFIC PLAYA所属のスティールギタリスト、JINTANAを中心に、一十三十一など3人の女性ボーカリストを擁する6人組バンドが、現在のところ唯一リリースしたアルバム。50~60年代のドゥーワップガールポップを再構築していた楽園的なポップスなのですが、これがときにゾッとするほど退廃的な顔をのぞかせます。中盤など魂を持っていかれそうなサイケデリアがあり、ヴェルヴェッツやマイブラさえ想起させます(なお、M4 "I Hear a New World" は1960年にジョー・ミークによりリリースされた最初期のエクスペリメンタル・ポップのカバー)。

みんながすました顔で聴いている「アーバン・ポップ」の本質を突く、かなり批評的なアルバムなのでは?

 

 

47.二階堂和美『にじみ』(2011)

にじみ

にじみ

 

2010年代の一つの特徴として、「民謡など、ロック以前の音楽への参照」があると言えるでしょう。2000年代にも、特にポストロックの文脈の中でその種は撒かれていたと思うのですが、もっとストレートな形で表現したという点で歴史的なアルバムが本作ではないでしょうか。

筆者が二階堂和美の名を知ったのはeastern youthによる企画盤『極東最前線 2』(2008)に収録された "あなたと歩くの" によってなのですが、冒頭から始まる素っ頓狂なスキャットのためか、とんでもなくアングラな音楽として認知してしまいました。一方、『にじみ』に収録されたバージョンの "あなたと歩くの" は、スティールパンのポップな響きのおかげもあって、もっととっつきやすく感じられます。このアレンジの違いに象徴されるように、彼女の音楽がより広いリスナーに開かれることとなった名盤だと思います。

 

 

46.入江陽『仕事』(2015)

仕事

仕事

  • 発売日: 2015/01/07
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

最近、BOMIとのコラボや本日休演、さとうもかのアルバムプロデュースなどますます存在感を増している入江陽。ネオソウル的にタメを作りながら、多彩な音を重ね合わせてキュートな密室ポップに仕上がっています。緊張感のある曲調に「お寿司を食べて顔を拭いたら朝だよ」なんて脱力感(そして生活感)のある歌詞が乗るのは、井上陽水、あるいは向井秀徳も思い起こさせます。さらにはこの人、歌がめちゃくちゃ良いですよね。ソウルフルなんだけどおどけていて……。

個人的に、以前はライブで見せるネオソウル直系の生っぽいアレンジの方がかっこいいと思っていたのですが、前述したほかのアーティストとの仕事を聴いた耳で聴き返したところ、こんなに良いアルバムだったのかと驚かされました。

 

 

45.ナツノムジナ『淼のすみか』(2017)

淼のすみか

淼のすみか

  • 発売日: 2017/09/06
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シューゲイザー的なサウンドスケープXTC並みに聴き手の予測を裏切ってくるメロディ、朴訥としてエモーショナルな歌声。それぞれ要素を言葉にしていくと2000年代以降の邦ロックのクリシェのようですが、組み合わさると「こんなことがまだできたのか」という新鮮さを感じます。

田淵ひさ子のフックアップで知名度を高めた彼らですが、bloodthirsty butchersに通ずるようなやるせなさがあるのもポイントでしょうか。"凪" とか泣けますよ。夏の午後、とぼとぼと歩きながら聴きたいアルバムです。

 

 

44.平賀さち枝『まっしろな気持ちで会いにいくだけ』(2017)

まっしろな気持ちで会いに行くだけ

まっしろな気持ちで会いに行くだけ

  • 発売日: 2017/09/20
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

Homecomingsや笹口騒音ハーモニカなど様々なアーティストとの共演を経て、久々にリリースされた2ndフル。弾き語りがメインだった初期に比べ、ソングライティングもアレンジもずいぶん幅が出ています(もっとも『23歳』の "パレード" などに徴候はありましたが)。

歌詞の面では「幸せもこわくない」("10月のひと")なんて前向きなフレーズが目立ち、"My Boyfriend, see you" や "虹"(Negiccoへの提供曲のセルフカバー)のような別れを歌った曲でもからっとした明るさがあります。それに伴ってか、歌い方には甘えるようなコケティッシュな響きが出てきました。そう言うと以前の魅力であった孤独な雰囲気が消えてしまったかのようですが、これまでよりちょっと捻ったコード進行がどこか寂しげな、あるいは少し照れたような彩りを加えていて、個人的にはすごく良いアップデートではないかと思います。

 

 

43.けもの『めたもるシティ』(2017)

めたもるシティ

めたもるシティ

  • 発売日: 2017/07/19
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

どうやら筆者は、いかにもモード的なシティポップよりも、ちょっとパロディの入ったシティポップの方が好みのようです。菊地成孔プロデュースの本作は、70~80年代ニューミュージックへのオマージュを感じさせつつ、たとえばM6 "めたもるセブン" で歌われるのは「幸せになりたい/オリンピック開催まで/時間がない」という現代の東京を生きる人間の気持ち。M8 "伊勢丹中心世界" はより複雑で、現代にありながらレトロな空間としてのデパートが描かれています。

本作は、菊地とデュエットする「第六感コンピューター」や人を食ったようなナレーションで始まる「フィッシュ京子ちゃんのテーマB めたもver.」など、SPANK HAPPYを思わせるユーモアに満ちています。とはいえ、ここに菊地ほど人を食ったような感じはありません。シティポップというガジェットを使って、優しい目線で普遍的な愛や孤独、そして変身願望を歌ったアルバムと言えるでしょう。

 

 

42.竹達彩奈Apple Symphony』(2013) 

apple symphony

apple symphony

  • 発売日: 2013/04/10
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

年始に「ドラマチックマーケットライド」「スタッカート・デイズ」といった名曲が生まれ、2月には花澤香菜の1stアルバムが発売されて、一部の音楽オタクが「アキシブ系」に盛り上がっていた2013年。竹達の1stアルバムも渋谷系的な洒脱なプロダクションになるのではないかと注目が集まりました。

ところが発売当日、その予想は再生して2曲目「ライスとぅミートゅー」で裏切られます。「アイ ラブ ビーフ!/アイ ラブ ポーク!」というおふざけコール&レスポンスとともに始まるこの曲は、過剰なほどに重ねられたピアノにストリングス、これでもかと泣かせるメロディ、そして竹達のロリータボイスで聴き手をとんでもない多幸感に包み込む大名曲。ほかにも多彩な曲が収められていますが、トータルでナイアガラ・サウンドパワーポップ化させたような感じに仕上がっていました。渋谷系のマニアックさはあまりありませんが、より広いリスナーに開かれつつ、音楽オタクをも唸らせるアイドルポップ・アルバムです。

 

 

41.牧野由依『タビノオト』(2015)

タビノオト

タビノオト

  • 発売日: 2015/10/07
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

牧野由依はどのアルバムにも名曲が入っているのですが、今のところトータルではこの4thが最高傑作だと思います。本作で初めてプロデュースを担当した矢野博康(ex. Cymbals)の曲をはじめとする渋谷系風ポップスと、お家芸としてきた「民族音楽風のメロディ×ポストロック風のサウンド」な楽曲(菅野よう子梶浦由記ZABADAK伊藤真澄コトリンゴというラインが引けるでしょうか。本作ではコトリンゴが参加しています)が並んでいます。

キーになっているのは、声優ソングを多く手掛ける川田瑠夏が手掛けたM3 "囁きは"Crescendo""でしょうか。硬質な打ち込みリズムにキャッチーなストリングスが乗るこの曲が序盤に入っていることで、両方の音楽性がスムーズに共存できている気がします。

 

 

40.C.O.S.A. × KID FRESINO『Somewhere』(2016)

Somewhere

Somewhere

  • 発売日: 2016/07/20
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

若手ラッパー二人によるコラボアルバム。筆者はヒップホップにあまり明るくなく、特にC.O.S.A.についてはほとんど知らない状態で聴いているのですが、声質の異なる二人のラップの絡みが気持ちいいです。KID FRESINOというとちょっとスカしたラップのイメージですが、C.O.S.A.の一音一音吐き出すようなラップにつられるようにして、普段より力強く発音しているのがまた趣深い。

何より本作、トラックが良いです。OMSBがプロデュースしたハードな「KDFS × COSA」から、スティールギター響き渡るブルージーな「Route」まで実に多彩。特にKID FRESINOの盟友、JJJがプロデュースした3曲はいずれもメロウな感じで心地よく、ジャズ風の「Swing at somewhere」でのコトリンゴのフィーチャーも面白いです。個人的に、このアルバムから広げるようにして最近のヒップホップ・アルバムを聴いてみています。

 

 

39.相対性理論シンクロニシティーン』(2010)

シンクロニシティーン

シンクロニシティーン

  • 発売日: 2016/10/25
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

相対性理論の登場は、「rockin’on」誌系統のバンドを中心に聴いていた筆者が持っていた「かっこいいサウンドにはシリアスな歌詞が乗るものだ」という先入観をぶち壊してくれました。この「脱臼」のおかげで、かっこいい音楽をやることのハードルって一気に上がった気がします。なにせこんなかっこいいバンドが「わたしもうやめた 世界征服やめた/今日のごはん 考えるのでせいいっぱい」と歌ってしまっているのですから(前のアルバムの曲ですが)。

1stアルバム『シフォン主義』の頃のインディバンドらしい荒々しさは、本作では「気になるあの娘」くらいにしか残っていません。やくしまるえつこのボーカルも以前よりコケティッシュになりました。前作『ハイファイ新書』と比べるとシンセサイザーは後退し、リヴァーヴも控えめ。結果として、永井聖一のキレのあるギターが最も味わえるアルバムではないでしょうか。

 

 

38.早見沙織『JUNCTION』(2018)

早見沙織/JUNCTION (通常盤 CD/1枚組)

早見沙織/JUNCTION (通常盤 CD/1枚組)

  • アーティスト:早見沙織
  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
  • 発売日: 2018/12/19
  • メディア: CD
 
最も優れたアニメソングとは、アニメの物語を、それを観る私たちの物語であるように信じさせる歌ではないでしょうか。というのは、本作に収録されている "Jewelry" から逆算して考えたテーゼなのですが。

"Jewelry" はアニメ「カードキャプターさくら」の18年越しの続編「クリアカード編」のエンディングテーマ。いまは大人になってしまったけれど、かつて憧れたものに勇気をもらって歩んでいける、という内容が、子供の頃「CCさくら」を観た視聴者の心に寄り添います。それだけでもよくできているのですが、筆者は2番Bメロの「もう大人に終わりはないけれど/宝物は増えていく」というラインが涙なしには聴けません。子供の頃のように未来を夢見ることはもはやできない。けれど、一度完結した物語の続きを生きるアニメの主人公たちのように、私たちも宝物のような人生の軌跡を描きつづけられるはず。アニメ声優でありつつ、こんな希望に満ちたアニメソングを書いてしまう早見沙織にはもう信頼しかありません。

さて、『JUNCTION』はこの曲以外にも、早見自身が作詞・作曲した曲が多く収録されています。そのいずれも、竹内まりや(本作でも2曲提供曲)、中森明菜広瀬香美……なんて名前が連想されるような、ちょっとソウルの入った古き良き歌謡曲~J-Popなのです。"夏目と寂寥" "Bleu Noir"、必聴ですよ。

 

 

37.おとぎ話『BIG BANG ATTACK』(2011)

BIG BANG ATTACK

BIG BANG ATTACK

  • 発売日: 2019/01/25
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

2010年前後くらいに、ガレージっぽいロックバンドのブームがありました。ザ50回転ズ毛皮のマリーズTHE BAWDIES黒猫チェルシーandymori、OKAMOTO'S、踊ってばかりの国……。おとぎ話は、その中でも初期フレーミング・リップスにも通ずるようなサイケデリックサウンドが特徴で好きなバンドです。本作は特にトータルアルバムとして作り込まれている印象で、ロスジェネ世代のやるせない青春を歌う彼らのイメージ通りの曲から、自主規制にまみれた世情を皮肉る "This is just a Healing Song" のような曲まで、彼らの一筋縄でいかなさが表れているアルバムです。

おとぎ話は代表格だと思うのですが、これらのバンドの多くに共通するボーカルスタイルがあります。喉を閉めてフラットに発音するような、といえばよいのでしょうか。スネ夫っぽいと言うとわかりやすいかもしれません。ルーツがどこにあるのかよくわからないのですが(坂本慎太郎とどんとと早川義夫?)、悲哀がありつつも楽天的で、シリアスな歌が多かった「ロキノン系」ブームから何か時代が変わったな、と当時感じたのでした。

 

 

36.細野晴臣『HoSoNoVa』(2011)

HoSoNoVa

HoSoNoVa

  • 発売日: 2013/03/21
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

2010年代は細野晴臣が再び大きな影響力をもったタームでした。本作は2007年のYMO再結成あたりから再び存在感を増していた彼が満を持してリリースした、久々のソロ名義のアルバム。戦前~50年代のポップスのカバーを中心に構成されています。彼が自ら歌うことは賛否両論ありますが、うますぎないことでポップスになっているという感じがします。なんだかんだ記名性がある声だし、それがあることで「細野晴臣の作品」にあるということを本人がよくわかっているのでしょう。

M5 "ただいま" は星野源に提供した曲のセルフカバー。チェロが同じ音を引き続ける原曲とはかけ離れたアレンジになっており、サイケでさえあります。個人的にはこの曲がフェイバリット・トラックです。

 

続き↓

 

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OVA『あさがおと加瀬さん。』の柔らかい背景

 OVAあさがおと加瀬さん。』を見直した。昨年6月、一般発売に先立って劇場で公開されたのを見て以来なのでちょうど1年ぶりだが、やっぱり超良作。

 

 『あさがおと加瀬さん。』は、高嶋ひろみによる百合漫画シリーズである「加瀬さんシリーズ」をアニメ化作品である。どこか地方の高校を舞台に、植物をこよなく愛する内気な「山田」と、陸上部で活躍する人気者の「加瀬さん」という二人の女子高生の恋愛を描いている。アニメで描かれているのは、二人が本格的に付き合うようになった原作2巻目以降。

 物語の展開は超・穏やかだ。ラブコメにつきものの三角関係は生じないし、すれ違いから大ゲンカに発展することもない。二人が女性同士であることも、それほど大きな障壁ではないようだ。周囲には隠して付き合っていて、同級生にバレてしまうというシーンがあるのだが、そのときもすんなりと受け入れられる。実際、第1話は「私は初めて付き合うのが加瀬さんなので、女の子同士ということより、大好きすぎてどうしていいかわかりません」というモノローグで締められるのだ。地方の女子高生がごく普通に恋を楽しみ、恋に悩む姿を、ひたすら温かく描いている。

 

 近頃あまりアニメを見なくなっていた僕だったが、『加瀬さん。』を劇場で見たときは静かな感動があった。背景やエフェクトといった表現的な部分がまさに自分が求めていたもので、しかもその温かいストーリーにばっちりマッチしていたからだ。

 まず、十代の恋愛物語と、地方都市の風景を美しく切り取った映像という組み合わせに、真っ先に連想したものがあった。新海誠の作品群である。だが、新海作品と『加瀬さん。』の風景(背景美術)には大きな違いがある。新海作品の背景が見る者を圧倒するような緻密でフォトリアリスティックなものであるのに対し、『加瀬さん。』の背景は水彩風の柔らかいタッチで、しばしばハレーションを起こしたように一部が省略されている。

 

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 自分がよくアニメを見ていた頃(2000年代中頃から10年代前半くらい)、新海のようにデジタル技術を使って緻密な風景描写をすることは、アニメの質を図る最も有力なバロメータの一つと見なされていた。

 映画学者の加藤幹郎は、新海誠はその風景によって、アニメーションにおいてはじめてメロドラマを可能にしたと論じた。アニメーションでは顔の複雑な表情筋を表象し、そこに人間の内面を構築することは困難である。しかし彼は顔の代わりに、単なる記号へと変換できない情報量の多さによって抒情性を演出したというわけだ(加藤幹郎「風景の実存 新海誠アニメーション映画におけるクラウドスケイプ」、『アニメーションの映画学』所収)。

 フォトリアリスティックな背景という手法は、京都アニメーション作品をはじめとする深夜アニメ群に引き継がれ、それらをヒット作へと押し上げた。当時は深夜アニメの成熟期で、朝や夕方のアニメより上の年齢層をターゲットに、ボーイ・ミーツ・ガールと十代の寄る辺ない気分を描いた作品がたくさん生まれた。ちっぽけな少年少女の生と対比される、透き通った空やどこまでも続く田園風景の崇高な(sublime)イメージは、コンポジットソフトのようなデジタル技術の進歩と背中合わせで発展した深夜アニメというジャンルの、いわばシンボルだ。アニメファンにこそ意識してほしいことだが、こういう風景表現は世界的に見ても日本のアニメの歴史を見ても、全く普通ではない。

 しかし、いつしか僕はそういうイメージに飽きてきてしまった。それらの作品が売りにしている、殴りつけるような「切なさ」も、もうあまり脳が求めていない。刺激の強さが、かえって言い訳がましいような気がしてしまう。いい年をしてアニメを見ることのエクスキューズとして用意された「大人向け」のしるしに感じてしまうのだ。

 (話はずれるけど、「泣きゲー」がなぜエロゲという形態をとる必要があったのか、「セカイ系」と呼ばれた作品にどうして壮大なSF設定が必要だったのかということも、似たような理屈で考えてしまう。恋愛みたいな社会的儀式を避けて趣味に興じてきたオタクたちが、ラブロマンスに感動するためのねじくれたエクスキューズ。いやそれは本当にそうだとしても時代の要請だったと思うし、全然愛しいと思えるけど……。)

 

 そんな前提があって、『加瀬さん。』は十代の青春を描いたアニメの中でも違うものを感じたのだった。空や郊外の風景はたくさん映し出すけど、新海~京アニメソッドのソリッドで透徹した背景美術ではない。特別でない二人の初恋を見守るような柔らかいストーリーに、無限の世界を前にするような圧倒的な切なさの演出は必要ないのだろう。作品を「ベタ」に楽しむ時代になったと言うけれど、この作品はそういう時代の賜物だと思う。

 

 しかし、それだけでは『加瀬さん。』はそこまで特別な作品にはならなかったかもしれない。新海的な背景こそが特殊なのであって、水彩風の背景のアニメなどというものは昔からたくさんあるからだ。ここで、二つ目のポイント「エフェクト」が重要になる。

 同作では、さまざまな形の光のエフェクトが使われている。光の粒は、校庭の隅のなんでもない花壇の上で流れ星のように散らばり、キャラクターたちの身体を横切り、ときに泡のように画面を覆う。それらは、実際にカメラに写り込んだフレアやゴーストの表象と、恋する二人の心情を表現主義的に描いたもののあわいにあるかのようだ。

 

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 少女漫画風のタッチで描かれる同作の原作でも、「漫符」と呼ばれるようなエフェクトがさまざまに使われている。シャフト制作のアニメで多用されてきたように、そうした漫符をそのまま映像に移植することもできただろう。しかし、当たり前だがアニメと漫画は異なる。漫画が絵と文字(フキダシ)という互いに排他的な二つの記号を軸としているのに対し、アニメの画面は基本的に絵だけで成り立つ。アニメで漫符を描きこむのは、ともすれば画面の統一性を壊しかねない、実は結構冒険的な行為だ。

 そしてアニメにおいて、フキダシが描かれない代わりにより細かく描かれているのが背景だ。アニメ版『加瀬さん。』の背景が物語とマッチしたものであることは述べた通り。ますます、漫符はなるべく描き込みたくないということがわかるだろう。そこで同作では、キャラクターの心情表現としてのエフェクトを、光、つまり物理現象の再現という形で描き込むことで、広い意味で「背景の一部」にしようとしていると言えるのではないか。これは漫符というものの原始的な姿に立ち返る表現と言えるかもしれない。

 同作の光のエフェクトが、ぼかしのかかったCGのエフェクトではなく、作画による平面的な表現であることも、ペインタリーな背景美術の温かみが削がれずに済んでいる要因だろう。もっと言えば光のアニメーションが、ペインタリーで動かない背景と、平面的で動くキャラクターを馴染ませているように思えるのだ。

 

 そういうわけで、『あさがおと加瀬さん。』は今アニメで青春を描くためのアイデアがいくつも詰まった作品だと思う。百合漫画も一周回ったように優しい世界観のものが流行っている気がするし、こういう表現のアニメは需要あると思うけどな。

 11月に劇場公開予定のOVA『フラグタイム』も『加瀬さん。』と同じメインスタッフで制作されるらしく楽しみ。

 

※今回、視覚表現に絞って書いたが、ピアノを多用しつつハイトーンでエコーのかかった「泣かせ」のアレンジにはしない劇伴も良かったので、注目して聞いてほしいです。

お休みをとりました

 逃げるようにして、1週間ばかりの休みをとった。

 

 仕事のストレスが溜まり、まともに働くのが難しくなっていたし、オフの時間でさえ抑鬱的な気分に襲われることが多くなっていたので、心療内科で診断書を取得。しかし忙しい時期ではあり、周囲の人々に手持ちの仕事を割り振るのも心苦しく、療養について上司に切り出すのは勇気がいった。

 それに、適応障害という診断名もタイミング的に気まずかった。ちょうど北方領土問題で失言を犯した丸山穂高議員が、適応障害を理由に理事会を欠席したことで非難を浴びていたからだ。精神医学に詳しいわけではないけど、社会環境と密接に結びついた疾患というものは、発達障害しかり、一目でわかるような症状が出るとは限らないので、本当に障害があるのかと疑いの目を向けられやすい。件の議員だって実際に適応障害と診断されるべき状態だという可能性があるにもかかわらず「仮病を使って逃げた」と叩かれているのだから、自分も「同じ手を使うのか」と責められるかもしれないと思った(一歩引いた目で見るとさすがに杞憂だったかもしれない)。

 とにかく、僕は診断書の提出をギリギリまで引き延ばしたのち、結局起き上がれない状態になって欠勤、半ば叩きつけるように休む旨をメールで送ることとなった。

 

 かなり罪悪感はあるし、戻ったときにどんな嫌味を言われるか想像もつかない。だが、正直言って休みをとってよかった。この数日の間に、自分がいま何を抱え込んでいるのか、本当はどういう欲望をもっているのか、それらにどうやって向き合っていけばいいのか、ある程度の整理ができる気がしている(ゴミ屋敷のように散らかった部屋とともに)。

 そんなことを考えるうちに、駆り立てられるようにして開いたのがこのブログだった。いま書いてきたようなことを文章という形でまとめたいと思ったのもある。それに、もしブログを続けることができたなら、ため込んだ表現欲求みたいなものが少しでも満たされるかもしれないと思っていたので、この休暇がチャレンジを始める良い機会だと思ったから。

 

 前回ブログを書いたのが約3年前。3年の間に、とにかく自分の社会というものへの向いていなさを自覚させられたし、その向いていなさは、発達障害という診断名によって良くも悪くも輪郭を与えられ、対象化されることとなった。それに伴って、生まれ持った人間の能力の限界とか、平等という概念があまりに曖昧に設定された社会とか、感情が極めて物質的なものであることとか、そういう(月並みながらも人間観を規定するような)テーマについて考えざるを得なかった。

 だいぶ説明を端折ることになるけど、そんなこんなで、仕事以外に自己表現の場を持たないと精神的にヤバいかもしれないなと考えるに至った。方法はなんでもいいけど、文章が一番続けられそうだ。Twitterをずっと続けてしまっているのも、文章を書くのが好きだからというのがあると思う。そしてブログなら、1postの制限字数が短すぎて大体のことがコソッと仄めかすだけで終わってしまうこともないし、投稿すると即座にフォロワー全員のTLに表示されるために内容を選ばなくてはならないということもない。

 

 さっき急に始めようと決めたので、どういうことを書いていくか全然決めていないし、あまりキャッチーなことは書けないはずですが、なるべく続けばいいなと思っています。よろしゅう……。

海街diary

 映画観たの去年の暮れだけど、最近吉田秋生の原作マンガ3〜6巻を読んだので。
 感想を一言で言うと、ちょっと綺麗にしすぎ。5巻くらいまでの内容を、特に「死者と遺された者たち」みたいなエピソードをまとめて編集した構成は良かった。それを考えると、サッカー部のエピソードをほとんど削り、風太をただのイケメンにしてしまったのも英断だと思う。
 ただ、映像として美しく撮りすぎて、原作の綺麗じゃない現実を描いてるところと、それをあっさりと流すギャグとの絶妙なバランスがなくなってしまったかなと。
 この前同じく吉田秋生原作の映画『桜の園』について検索していたら、「映画が好きで原作を読んだが、女性的な自意識が紛れ込んでいて、映画とは別物だとわかった」というような感想があった。あまり男女論に終始してもアレだが、僕の『海街diary』に対する感想はまさにこれと同じ(逆?)で、男性が映像化したことで良い意味でのノイズが削がれてしまったのかもしれない。特に最近女性マンガの地に足がついたロマンティックさみたいなのが好きなので。
 そうそう、原作2巻にもこういう台詞があった。
「そういうロマンティックなことを考えるのはたいてい男だから」



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このキャラ(左)に大竹しのぶがハマり役すぎてビビる。