2010年代邦楽フェイバリットアルバム50【20~6位】

 

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の続きです。

 

20.坂本慎太郎『できれば愛を』(2016)

できれば愛を

できれば愛を

  • アーティスト:坂本慎太郎
  • 出版社/メーカー: Independent Label Council Japan(IND/DAS)(M)
  • 発売日: 2016/07/27
  • メディア: CD
 

前作『ナマで踊ろう』で、マーティン・デニーのエキゾチカ・サウンドを思わせるスライドギターやヴィブラフォンを導入することで完成したイージーリスニング的なサウンド(本人曰く「人類滅亡後に流れている常磐ハワイアンセンターのハコバンの音楽」)をさらに進めたような作品。スライドギターやシンセの使い方が効果的で、いっそうの脱臼感があります。

歌詞はとにかく抽象的かつミニマルで、往々にして音楽がまとってしまう様々なイデオロギーを取り除いた上で、なお残る愛や孤独、その他わずかな感情の機微などを表現しようとするようです。 男性同士、女性同士の恋愛が描かれる "ディスコって" はLGBT讃歌のようでもありますが、より広く、あらゆるセクシュアリティをフラットに、そしてドライに見つめている歌なのではないでしょうか。またセクシュアリティに限らず、あらゆる人が差別もされないかわりに孤独な社会。そういう現代社会の縮図としてのディスコを歌っているようです。それが盆踊りと並置されているのもさすがで、死の前にはすべてフラット化されてしまうという、恐ろしいけれど少し落ち着く世界観。

 

 

19.さよならポニーテール『円盤ゆ~とぴあ』(2015)

円盤ゆ~とぴあ

円盤ゆ~とぴあ

 

初期のあっさりしたアレンジも良いですが、本作はぐっと音の厚みが増してとても好みの路線です。メイン(と捉えていいと思います)のDISC 1は "この恋の色は" のコンガで幕を開け、全体的にファンキーな装い。capsule的な浮遊感のあるロックチューン "すーぱーすたー"、曽我部恵一、ザ・なつやすみバンドとコラボした "夏の魔法"、予測不能なコード進行のポップな前半部からクイーンみたいな激エモギターソロに展開する "季節のクリシェ" など全く飽きさせません。サウンドの多彩さもさることながら、前作よりもボーカル5人のソロパートが多いのが良い。5人の声のキャラクターが出ているし、そうすると歌の内容も入ってくる気がします。

季節ごとに配信してきた既存曲をまとめたDISC 2、みぃながソロで歌うアコースティック曲集のDISC 3と、全部聴こうとすると流石にちょっとダルいのですが、それぞれ佳曲も多く(特にDISC 2の後半!)一度は飛ばさず聴いてほしい内容です。

 

 

18.放課後ティータイム放課後ティータイムⅡ』(2010)

放課後ティータイム Ⅱ

放課後ティータイム Ⅱ

  • 発売日: 2018/03/15
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

けいおん!』におけるロックは、音楽の革新を目指す野心とは無縁のポップな曲調に、食べ物のことしか考えていない女子高生の歌詞が乗せられた、これでもかというほど無害なものです。 こうした描かれ方を、ロックファンたちはちょっとむず痒い思いを抱えながら受け入れていたと思います。ロックという様式と、かつてロックが纏っていたイデオロギーは切り離して考えるべきだということは、誰もが頭の片隅ではわかっていたことなのでしょうが。『けいおん!』のアニメ化とかなり近い時期に相対性理論がデビューしたのは、実は象徴的なことだと思います。

一方でこのアルバムには歪んだギター、華やかに音色を変えるキーボード、泣かせるメロディ、そしてときおりコーラスや合いの手を重ねてくるサイドボーカルと、音楽ジャンルとしての「ロック」の最良のエッセンスが流れています。そうした要素をもった音楽を、「パワーポップ」というもっと下位の分類名で言い換えてもいいかもしれません。ユニコーンスピッツピロウズアジカン……歴史の周縁に位置するわが国のロックにおいて、パワーポップこそ正統であり、放課後ティータイムはその最も正しい継承者だったと言えるのではないでしょうか?

 

 

17.ミツメ『mitsume』(2011)

mitsume

mitsume

  • 発売日: 2016/04/27
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

90年代USオルタナっぽいギターサウンドに、シンプルでキャッチ―なメロディ。というだけなら珍しくありませんが、ちょっと不思議な動きをするベースが彩りを加えています。この1stの頃は特に、"クラゲ" の間奏部分の♭VIに代表される浮遊感のある響きがときおり挟まれ、歌詞も相まって淡い記憶をたぐっているような感覚があります。

ライブを見ても感じるのですが、ミツメはコーラスワークがとても綺麗なバンドです。2ndでは音響を進化させ、3rdではトーキング・ヘッズ的なミニマルさを取り入れ……と貪欲にディスコグラフィを重ねていくのですが、この瑞々しいコーラスを残しているのが個人的にうれしい。4thあたりからどんどんポップに回帰しているので今後どうなるのかわかりませんが、さらにコーラスを押し出してダーティー・プロジェクターズ『Bitte Orca』的なアンサンブルもやってほしいな、などと勝手なことを思っています。

 

 

16.宇多田ヒカル『Fantôme』(2016)

Fantome

Fantome

  • 発売日: 2016/09/28
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

正直に告白すると、筆者は宇多田ヒカルのいつも泣いているみたいな歌い方や、温度を感じさせないトラックなどが少し苦手でした。それでもこのアルバムは何度も聴いたし、"花束を君に" に至っては初めてフルを聴いたとき涙を堪えられませんでした。

 

それだけ自分に響いたのは、私小説的な要素とポップスらしい普遍性のバランスが絶妙だからだと考えています。

本作に収録されている曲群はざっくり言って、トラックNo.が奇数の曲が彼女の母・藤圭子の死というパーソナルな出来事に紐づいた曲として聴くことができ、偶数の曲が彼女ではない架空の主人公を立てた曲になっています。

ところが、前者のグループに属する "忘却" はKOHHの長いラップパートがあり、KOHHのパーソナルな語りと宇多田の語りが交錯する形になっていますし、後者に属する "二時間だけのバカンス" は、教師と生徒の不倫を歌いつつも、宇多田自身の仕事とプライベートの領域侵犯についての歌として聴くこともできます。また "桜流し" は11曲目で法則上は前者のグループと言えるのですが、実は藤圭子が亡くなる2013年よりも前(2012年)にシングルとしてリリースされた曲です。そうであるにもかかわらず、親しい人との永遠の別れを歌っているため前者のグループの曲として違和感なく聴くことができるのです。

 

ポップスを聴くとき、我々はしばしば歌い手のパーソナルな物語や感情をそこに重ね、共感します。しかし、歌い手はそこにいくらでも嘘を盛り込むことができ、我々もそれをわかった上であえて「騙される」ことができる。この、語り手が明確であるがゆえの「うまみ」のようなものが、本作には横溢している気がします。

 

 

15.KIRINJI『cherish』(2019)

cherish

cherish

  • 発売日: 2019/11/20
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

メンバーチェンジを経て「キリンジ」から「KIRINJI」へと生まれ変わって以降の最高傑作。ヒップホップやエレクトロのテイストもうまく溶け込み、生/電子という二項対立を意識させないサウンドになっています。また、歌メロの実験も面白い。日常的な発語のリズムに寄り添ったようなメロディの "「あの娘は誰?」とか言わせたい"、YonYonによる韓国語のラップをフィーチャーした "killer tune kills me"、ギターがボーカルのメロディに並走する "善人の反省" などなど。

歌詞も現代社会への鋭い批評を含んだ "あの娘は〜" "休日の過ごし方" がある一方で  "Pizza VS Hamburger" のようなおふざけもあり、ベテランの風格を見せつけています。2010年代のシティポップ・ブームを終わらせる一枚。

 

 

14.サニーデイ・サービス『DANCE TO YOU』(2016)

DANCE TO YOU

DANCE TO YOU

  • 発売日: 2016/08/03
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

はっぴいえんどのフォーキーさとブルーアイド・ソウルの洒脱なファンクネスを組み合わせたようなバンド……もっと言えばサニーデイ・サービスの後継者のようなバンドが数多く現れた同時代の日本のシーンに、自ら反応してみせたようなアルバム。店頭で「I'm a boy」が流れているのを聞いたときは「おっ、実力のある若手バンドかな」と思ってしまったくらいです。

このアルバムには瑞々しさと同時に、どこか偏執性を感じます。曽我部はカーネーションの直江との対談インタビューで、スタジオに入ったら「考え方がマイブラになっちゃう」と発言していました。ドラマーの丸山が体調を崩したため、ほとんどの曲で曽我部自身がドラムを叩いているという点もマイブラの『Loveless』と似ているのですが、そういう事情もあってか、曽我部が頭の中で設計した音を綿密に組み上げたというような、閉じた雰囲気があるのです。

そして、すべての曲がまとっているのが、名曲「セツナ」の印象的な歌詞「夕暮れの街切り取ってピンクの魔法かける魔女たちの季節/緩やかな放物線描き空落下するパラシュートライダー」に代表されるような孤独感。いずれにせよ、これまでのサニーデイの作品にない崇高さのある作品です。

 

 

13.くるり『THE PIER』(2014)

THE PIER

THE PIER

  • 発売日: 2014/09/17
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

くるりくるりたらしめるものと言えば岸田のボーカルですが、初期と現在ではかなり歌い方が異なります。2010年の『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』あたりから強く意識して歌い方を変えている気がするのですが、本作ではかなり方向性が固まったのを感じます。初期の岸田の歌は、ズレや拍の半端さによってどこか情けない、気の抜けたような感じを出していました。一方、本作ではハキハキと、いわば楽譜通りに歌おうと試みられているよう。

『ワルツを踊れ』(2007)あたりまででバンドとしてのアンサンブルは概ね実験しつくし、次は歌を押し出すフェーズに入ったためか、それとも90〜00年代の「終わりなき日常」的な気分が流れる時代が終わり、より強いメッセージを伝えることを意図しているのか。少し慣れるのに時間がかかりましたが、「Remember Me」の終盤や「There is (Always Light)」で聞かれる力強い歌声もなかなか良いものです。

そんな歌声を支えているのは、これまでになくずっしりしたリズムです。以前のアルバムにはよく入っていたような三拍子の曲や弾き語りの曲は本作には収録されていません。8拍子が2+2+2+2に分割され、そこに3+3+2のリズムが絡むという、タンゴ、スカ、ロック……20世紀以降のポピュラーミュージックを支えてきた基本のリズムが強調されています。

発売当時はEDMや2ステップ、ダンスパンクなど、四つ打ちで裏拍をハイハットで強調するリズムが流行しており、このアルバムはそうした流行への批評だと感じられました。ハイハットが32分で刻み続けるEDM風の「日本海」、マーチングドラムが印象的な「ロックンロール・ハネムーン」、サンバっぽいリズムのくるり流ラウンジハウス「Amamoyo」。いずれにしても基本は変わらないぞ、とこのアルバムは主張しているようです。

 

 

12.でんぱ組.inc『WWDD』(2015)

WWDD

WWDD

  • 発売日: 2016/12/21
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

アイドルとヒップホップは相性がいい、とよくまことしやかに言われます。でんぱ組.incはまさにそのテーゼを例証するアイドルグループの一つでしょう。前作『WORLD WIDE DEMPA』では、"W.W.D" "W.W.D Ⅱ"で歌い上げられる「自分たちがいかにひどい状況から這い上がってきたか」というストーリーがヒップホップの成り上がり精神に呼応するものですし、たびたび「レペゼン秋葉原」「レぺゼン日本」というような地域への帰属意識が強調されています。同作はビースティ・ボーイズの破壊的なカバー "Sabotage" から、渋谷系をマウントして秋葉系へとアレンジしてみせた "冬へと走りだすお!" まで、多彩なジャンルの曲がサラダボウルのように同居していますが、そうしたアティテュードで串刺しにすることで統一性を出していました。

一方『WWDD』では、むしろアティテュードの面は後退させ、前作を構成していた様々な要素をるつぼに入れて溶け合わせ、祝祭感あふれる世界観を完成させています。特に玉屋4030%が提供した "でんぱーりーナイト" "サクラあっぱれーしょん" は民族音階、ファンキーなリズム、音数の多さ、プログレッシヴな展開など圧巻で、そのテンションに引っ張られるようにして全体ができているかのよう。

 

 

11.Perfume『JPN』(2011)

JPN

JPN

  • 発売日: 2019/06/01
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

Perfumeの3rd。1st『GAME』に次いで売れたらしいです。前作収録の "ワンルーム・ディスコ" のヒットで自信をつけたのか、初期の「無機質」「未来っぽい」というキャラづけから「かっこいい大人の女性」という現在まで続く路線を定着させたアルバムと言えるでしょうか。

バキバキと攻撃的に鳴り響く低音やサイケデリックサウンドエフェクトは後退し、歌声の加工もやや柔らかくなりました。一方で、8分音符ひとつひとつに丁寧に音を置いていくような譜割り、世代を感じさせる歌詞(「人から人へ繋ぐコミュニティ/ちょっとだけスマートに生きたいの」("MY COLOR"))など、実は「歌謡曲」以来の日本語ポップスの定番をタイトに貫いているグループだということが浮き彫りになっています。ファンキーな3分間ポップス "ナチュラルに恋して"、イントロなしでいきなりAメロから始まりサビまでグイグイ展開していく "心のスポーツ"、フュージョンっぽいコードと音色づかいの "Have a Stroll" など名曲多数です。

次作以降、いわゆるEDMやビートミュージックに接近する過程で、本作にはあったメロディの繊細さが失われていくのはちょっと残念。

 

 

10.さとうもか『Merry go round』(2019)

メリーゴーランド

メリーゴーランド

 

「おもちゃ箱をひっくり返したようなサウンド」とはまさにこのこと。ちょっとくぐもったピアノやアコギのレトロな音色と、キラキラしたシンセの音色が見事に溶け合っていて、作り込まれた密室ポップになっています。入江陽のプロデュース力に脱帽です。Tomgggをフィーチャーした "ループ" はムームとかSerphあたりのエレクトロニカも彷彿とさせる曲で、長谷川白紙の手になる姫乃たま "いつくしい日々" と並べて「次世代のガールポップ!」なんてキャッチをつけたいかも。

少女の繊細な心情を歌っており、荒井時代のユーミンと比較されているのも肯けるのですが、"melt summer" の「ラブソングのパロディ」と言いたくなるほどステレオタイプな展開を見るにつけ、ネット世代らしいメタな視点で詞を書いている気もします。

アコースティック要素が強くよりSSWらしさの出た1st『Lukewarm』も必聴。 

 

 

9.Homecomings『WHALE LIVING』(2018)

WHALE LIVING

WHALE LIVING

  • 発売日: 2018/10/24
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

前作から一転、日本語詞をメインにした3枚目のフルアルバム。日本語で歌われている平賀さち枝とのコラボやNegiccoへの提供曲 "ともだちがいない!" が良かったので、もっとそういう作品出してくれないかなと思っていたのですが、今回そちらに舵を切って大正解だったと思います。詞のリズムに合わせてメロディやアレンジが細やかになったし、心なしか歌も大人びて聞こえます(初期のジャングリーなバンドサウンド少年ナイフみたいな棒読み英語が乗るスタイルもキュートで大好き)。スピッツがそうであるように、ギターポップの日本独自の発展形みたいな。

詞の内容は、海沿いの町を舞台にアルバム一枚で緩く繋がっているようです。ちょうど真ん中に配された "So Far" をフックに大切な人との別れを描いているのですが、切なくもカラッとした爽やかさが、あって何度も聴きたくなります。強い音や強い言葉の溢れる世の中でこういう音楽を作ってくれる人たちがいるのはなんとも心強いなと。

 

 

8.STAR☆ANIS『CUTE LOOK』(2014)

アイドルもののアニメやゲームの楽曲が面白いのは、ベースが「ポップスのパロディ」にあることにあると言えるでしょう。「アイカツ!」はキッズ向けのアニメ/ゲームシリーズですが、いやキッズ向けだからこそ、その例に漏れず各曲が様々なジャンルのポップスを「元ネタ」にしています。

アイカツ!」1期はほとんどの曲をMONACA所属のコンポーザーが作曲していましたが、2期ではonetrapを中心、その他のコンポーザーも参入しています。2期にonetrapの所属作家が提供した名曲としては、成瀬祐介作曲の "オトナモード" が挙げられるでしょう。 "オトナモード" は夏樹みくるという、主人公より少し年上のいわばちょっと「ギャルっぽい」キャラクターの持ち曲として登場するのですが、女の子が背伸びをして夜遊びをするという歌詞のメロウなレゲエ風ナンバー。ループ感が強く、アニメソングとしてはまさしく「大人っぽい」曲ですが、2番の後Cメロに展開し、そのままピアノソロになだれ込む流れは絶品で、キッズアニメに興味のない方もぜひ先入観を捨てて聴いてほしいです。

メロウなレゲエ・ナンバーという点と歌詞の内容から、筆者はケツメイシの隠れた名曲 "門限やぶり" を連想します(ちなみにこちらは語り手の男性が奥手な女性を夜遊びに誘うという歌詞)。ただ、ここでは元ネタを知ってニヤリとするというマニアックな楽しみ方ができることより、むしろ既存のポップスをうまく換骨奪胎して、キッズを未知の世界への想像に誘う仕掛けを作っていることが重要。まあ、筆者はそういうキッズのための仕掛けをフェティシスティックに消費する側なのですが。

 

 

7.スカート『CALL』(2016)

CALL

CALL

  • 発売日: 2016/04/20
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

なぜ、今までこういうバンドがいなかったのか? スカートのファンは誰しもそのように考えるのではないでしょうか。シンプルなロックバンドの編成でJ-Popをやるバンドはたくさんいましたが、スカートのように複雑な曲構成ではなかったし、複雑な曲構成のバンドはたくさんいましたが、スカートのようにシンプルなロックバンドの編成でJ-Popをやってはいませんでした。

本作はカクバリズム移籍後初のオリジナルアルバムです。さすが名門レーベル、これまでのアルバムに比べて格段に録音が良く、それに伴い歌もより丁寧に歌われている様子。一方でその音楽性や、悲嘆にも晴れやかさにも振り切れない微妙な心情を歌うという点は、1stの頃から偏執的と言っていいほど貫かれています。そこには、メインカルチャーがますます強い感情を引き起こすようなエクストリームなものを押し出すようになっていることへの反抗を感じます(自らを「ロックバンド」ではなく「ポップバンド」と名乗っていることからもそうした態度がうかがえます)。

ロックというジャンルは、なんだかんだで西洋的な芸術観に駆動され、半世紀にわたって枠組みを拡張させてきましたが、それゆえにどんどん新規性の袋小路に入ってしまったと言えるかもしれません。先に触れたエクストリーム化というのも、そうした状況のひとつの表れでしょう。

そんな中、2010年代前半頃でしょうか、「いや、そんな新しいことしなくても良い曲を演奏できればいいんじゃないの?」というインディ界隈を中心とする動きが表面化しました。彼らの中には、英米の優れたロック・ポップスのエッセンスをJ-Popに落とし込むという、スピッツサニーデイ・サービスなど日本のロックの主流といえるバンドたちの功績を継承する者が多くいました。面白いのは、スピッツサニーデイ・サービスと異なり、彼らの存在はこの時代において非常にオルタナティブなものであるという逆転が起きていることです。スカートは、自らのオルタナティブさを利用して、主流であったはずの形式に、主流であった頃には不可能だったフェティシスティックな深化を遂げさせることに成功したバンドだと言えるのではないでしょうか。

 

 

6.中村佳穂『AINOU』(2018)

AINOU

AINOU

  • 発売日: 2018/11/07
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

ジャズやヒップホップを乗りこなした上で、うまく日本らしいポップスを作っている人たちがたくさん表舞台に出てきた2010年代後半でした。その中でも中村佳穂は、つい天才と言いたくなるアーティストの一人です。

1曲目 "You May They" からしてすごい。出だし「良い訳ないし」の「わけ」を一息に言ってしまうような発音をはじめ、印象的なフェイクの技に満ちています。何度も聴いてどんどん一番好きな曲が変遷しているのですが、今は "FoolFor日記" が好き。リズムのズレやポリリズム、高音部・低音部の掠れさせ方、特徴的なビブラートなど、日常のなかで身体が覚え込んだ声の出し方がそのまま音楽に滲み出ているかのような彼女の歌の魅力が一番表れている気がします。

"You May They" "アイアム主人公" の歌詞に見られる自覚的なスター性、"忘れっぽい天使" の優しさ、ライブでの立ち振る舞いや "そのいのち" から感じるシャーマンっぽさなど、本人のキャラの立ち方も好きなポイントです。

 

 

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