傷物語〈I 鉄血篇〉

尾石達也ハズカムバック!!

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「シャフトの富樫」なんて渾名までついた『化物語』のシリーズディレクター尾石達也が帰ってきた。彼の演出の仕事はNHKのトーク番組『MAG・ネット 〜マンガ・アニメ・ゲームのゲンバ〜』のOP映像を数に入れても6年ぶりだ。

ぱにぽにだっしゅ!』や『さよなら絶望先生』などのOP映像、突如現れる実写、リズミカルに色駒を挿入することによる運動の省略などなど、新房昭之以上にシャフトのカラーを築いたといっても過言ではない。

そもそも、『ひだまりスケッチ』(2007年)での彼の仕事がなかったら、僕はアニメの演出なんてものに気を配っていなかったかもしれない。
ひだまりスケッチ』は、現在ほどTVアニメのシリーズ全体の統制が求められていなかった当時としても、話数ごとの演出の違いが目立つアニメだった。監督の新房自身が椎谷太志名義で絵コンテを手掛け、熱にうなされる主人公の見る夢を表現した5話も印象に残ったが、特に虜になったのは尾石の手掛けた2話。
冒頭のラジオ体操の音楽に合わせたリズミカルな映像、からのOPという流れは本当に気持ちいいし、室内から一切動くことなく会話しているだけのAパートを、目まぐるしいカッティングで飽きさせず見せているのも最高で、当時尾石なんて名前は知らなかったけど何回も何回も見た。

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さて、そんな尾石の最新作『傷物語〈I 鉄血篇〉』である。今作では『化物語』以上に決定的瞬間を過剰に引き延ばして強調する手法が使われている。『エースをねらえ!』『あしたのジョー』といった出﨑統作品の、3回PANやハーモニー演出(突然一枚絵っぽくなるやつ)の現代版といったところか。
特に、主人公・阿良々木暦が吸血鬼キスショットに迫られ、逃げようとするシーン。阿良々木の頭の中の逃げる自分のイメージと、ゆっくり後ずさりすることしかできない実際の阿良々木の姿がそれぞれ細切れになり、シャッフルされる。観客が、おっ逃げるのか、と思わされた次の瞬間、目の前に吸血鬼の迫った状態に引き戻されるという、かなり緊迫感のあるシーンだったと思う。

しかし一緒に見に行った友人二人には「テンポが悪い」と評判がよくなかった。確かに、とにかく30分の放送、2時間の上映に情報を詰め込むことがよしとされるこのご時世、そのような演出をくどいと感じる人がいても無理もないだろう。1時間1500円を3部作というのもあくどい商法で(しかもおなじみの週替わりの特典付き)、もう少し短縮して1部にまとめろというのももっともだ。

だが、好きな演出家の6年ぶりの新作というのを差し引いても、やはり僕はこの映画を肯定したい。
まず今作は、ストーリーを観客に伝達するためには作られていない。〈物語〉シリーズを見てきた人なら(いや第1作目の『化物語』さえ見ていれば)、原作小説を読んでいなくても『傷物語』のストーリーはおおよそわかっているのだから。
だからこの映画で大事なのは、主人公・阿良々木と、既におなじみのキャラクターたち――羽川やキスショット(=忍)、忍野――との出会いをいかにドラマチックに描くかだ(実際僕はキスショットとの出会いのシーンでかなり感動した)。したがって、もう少し短縮すべきだという批判は措いておいて、伝達性ではなくどこまでも装飾性にこだわった今作の演出方針は正しい。それはシャフトみたいな制作会社の、ここぞという腕の見せ所なのだ。

というか、シャフトみたいな「合わない人にはとことん合わない」作風の制作会社が、深夜アニメというある意味で保守的になりがちなフィールドでヒットを出したというのがかなり希望だと思うのだが、それはまた別の話。